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「宣伝会議」で、
デザイナーの原研哉さん、
織咲誠さん、
慶応大学の小檜山賢二さん
と座談会。
事前に、原さんの『デザインのデザイン』
が資料として送られてきて読んだのだけども、
これが久々に実に素晴らしい本であった。
コップという見慣れたものを、もう一度
デザインしなおすと、どこからどこまでが
コップで、どこから皿で、どこから何だか
判らない得体の知れないものと感じられるか、
というような前書きから始まるのだけれども、
視点が斬新かつディープ。
その上、デザインという問題領域だけで
なく、広く現代におけるエッセンシャルな
問題群が扱われているところがエクセレント
である。
原研哉、おそるべし。
織咲さんは、紙という素材にいろいろ
こだわっていらっしゃる方で、
名刺も分厚い紙の素材でできていた。
考えてみると、デジタルの情報が全盛に
なった今も、紙というメディアはなくなるどころか
ますます増えている。
その点に、「情報」という概念を超えた
何かがありそう、というのが織咲さんの
直感のようであった。
小檜山さんは、ずっとNTTにいらっしゃって、
その間、ご専門の研究はもちろん、極精細の昆虫写真を
撮られることでも知る人ぞ知る人であった!
http://kohiyama.wem.sfc.keio.ac.jp/
対談は、FILINGという原さんと織咲さんが
やられた展覧会をモティーフに進み、
いろいろ面白い話が出た。
お昼にカツサンドも出た。
宣伝会議の社屋は、初めていったけれども、
なかなかお洒落なところだった。
中庭がギャラリーになっていた。
ところで、「デザインのデザイン」にも
掲載されていたけれども、愛知万博って、
最初はものすごくいい感じでやっていたんじゃん。
それが、何で今みたいになっちゃうんだろう。
原さんは、万博招致の時のプレゼンなども
やられたようだけど、
原さんがつくった万博ポスターからは、
一目でわかるある思想性が伝わってくる。
これだったら、私の周囲で「万博なんてよ、
ケッ」と言っている人たちでも、
共感できる回路があったのではないか。
この前名古屋に行った時、愛知万博の
マスコットを見たけれども、
あまりの「トホホ」に声が出なかった。
なんであーなっちゃうの。
原さんによれば、今の日本は、才能のある
人に全てをディレクションさせるというよりは、
「みんなでいろいろ手を出して、手あかが
ペタペタつきましたね」
ということを優先させるようになっている
というのだ。
憂鬱。
デザイナーの小池憲治さんは、私が
怒りの日記を書くと、「茂木さんが怒っている
対象は市民主義ですな!」などと書いて
送ってくるが、私は、マジで、
一番下のURLにも載っている原研哉のポスターの
佇まいが、「ぼく、キッコロとモリゾーです、
よろしくね」のトホホの雰囲気に
変化していく、その平成日本の
摩訶不思議な凡庸化の過程
の秘密を知りたいんだけどね。
その途中のプロセスには、「やはり皆さんの税金を
使うわけですから」と自分たちは効率も何も
追求していないクセにいやにねちねち
言ってくる役人とか、自分の凡庸な感性に
疑いを持たない市民の群れとか、
「いくら儲かるかな、パチパチ」とそろばんを
はじいているやつらとか、いろいろな
魑魅魍魎が潜んでいるんだろう。
「キッコロとモリゾー」の愛知万博には、
日テレの「愛は地球を救う」と同じような
トホホ感が漂っているが、原研哉のポスターには
清く正しく美しい本来の志が感じられる。
なぜその志は消えて、手あかペタペタの
トホホになったのか、
誰か当事者、総括してくんないか。
総括するついでに、そういうゴミを生み出す
メンタリティーをどっかに捨ててきてくれないか。
よろしく。
http://www.visualogue.com/speakers/hara_j.html
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