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文學界2004年10月号に、
茂木健一郎 「脳のなかの文学」 第7回
「スカ」の現代を抱きしめて
が掲載されています。
横浜で見たパフォーマンスを端緒に、
現代の文化状況を批判的に論じています。
一部抜粋
ある時期から、私は、現代の文化はスカばっか
りだ、と至るところで公言していた。
ベストセラーにろくなものがないことはもちろ
ん、批評家がほめるような文芸作品だって、後世
に残る傑作だと胸を張れるのはごくわずかではな
いか。
まともな美意識を持った人間にとって、「スカ」
ばかりがのさばり、マスコミで喧伝される現代は、
ちょうど空気が薄くなって段々呼吸が苦しくなっ
て行くような、そんな生きにくさに満ちていやし
ないか。
そんな気炎を吐いていた私に、ある日、東京芸
術大学の油絵の学生で、杉原信幸という男から
「挑戦状」が来た。横浜で展覧会をやる。パフ
ォーマンスをやる。つきましては、スカではない
ものをお見せするから是非ご足労願いたい、とい
うのである。
現代の私たちになじみ深いのは、間違いなく
『好き好き大好き超愛している』の饒舌の方で
ある。携帯でやりとりするメールの海の中で泳
ぐことである。現代人が、資質において堕落し
たのではない。情報環境が変わったのである。
美登利も、平成日本に生まれ育てば、信如とメ
ールをやりとりする今風の娘になっていただろう。
常に情報を発信し、受け取り、他者の視線に
晒される自分を意識し、情報の化粧をする。情
報すっぴんの状態でなど、人前に出られる筈が
ない。あらゆる言説は、それが他者に与える効
果をあらかじめ計算して発信され、文脈付けら
れ、トラックバックされる。釈迦のごとく、不
記を貫くことなどできない。デジタル情報ネッ
トワーク全盛の世界では、デジタル情報に置き
換えられ、文脈付けられなければこの世に存在
しないのも同じだからだ。無名の若者でさえ、
グーグルで自分の名前がどれくらい検索されて
くるかを定期的にチェックする。美登利の恥じ
らいは、もはや時代遅れの奇跡としてしか地上
に現れない。
http://www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/index.htm
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