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>>八郎さん
八郎さんの推測は、かなり実態に近い物と思います。
あと、この件については、マトモな調査データが一つもないので、誰であれ「推測」しかできない問題であると思います。
●(1)アイヌ語を母語として使いこなせる人は、限りなく零に近い
については、もうちょっと多い気がします。
20人くらいは、いるんじゃないですかねぇ?
私も、昔はゼロに近いと思っていたのですが、実際にご老身同志が普通に話しているのを目の当たりにすると、もっと多いような気がするんですよ。
あと、聞けば分かる、とさている人の中にも、リハビリすればペラペラ、という人かいると思うんですよね。
例えば「母語として自由に使いこなせる」言語であっても、長い間使っていないと、すぐには話せなくなってしまうものですから、そうなっているだけではないか?
とも思います。
「アイヌ語が消滅する」といわれつづけている原因は、アイヌを「滅び行くもの」「未来のないもの」としてしか捕らえる事しかせず、そして、そうして危機意識を煽る事によって、手持ちの資料(話者の老人・会話や歌を記録してテープなど)の付加価値を高めようと考えいてた学者達の存在も大きいと思います。
さすがに現代の学者では、そういうアホな作戦をとる人はいないとは思いますが、昔は有効な手であったのは確かだと思いますよ。
●(2)ただし、潜在的に「話せる」人は案外多く、数百人程度いるのではないか
この部分については同意します。これから増えるでしょうしね。
●財団資料の引用文について…
「それは一般的な人間の言語習得能力として不可能に近いことであり、間違いなくその人は子供の頃にアイヌ語を母語として生活していた時期があるはずなのだが」
この部分ですが、私も何度か目撃したり聞いたりした事があります。
当人も話せないと思っている人が、人がアイヌ語の話をしているのを聞いていると思い出したり、山菜の話しとかをしたり、作業をしたりしていると、自然と言葉が出て来たりするんですよね。
聞いたら分かる人、分かるとは思っていないけど、聞いたら結局分かってしまう人、というのは、案外多いのではないかと思います。
でも、アイヌ語は話すものではない、という教育や価値観があったりして(ちょっと前はそういう価値観がケッコウありました、場合によっては今でも)、話さなくなっているので、実際には話せるのに無意識のうちに、封印してしまっている、ということもあるのかも知れません。
家の外や、人前では話さないようになっている、とか。よく聞く話しです。
アイヌ語を話せるとことを意識して隠している人もいるでしょうし。
でも「アイヌ語を母語として生活していた時期」というのは、どういう状態を指すのかなァ、と疑問に思います。
例えば、言葉を満足に話せない時期に、ただ聞いているだけでも、頭の中に記憶は残るんじゃなかったですかね?
その原理を利用した英才音楽とかありますよねぇ。
ても、個人的には、子供の頃の大切な時期を、試験に出る年号とかを刷り込むのに使うのは、ちょっとイヤラシイ行為だな、と思いますけども。
そういう素養のある人を「母語として生活していた時期があって、そのことを忘れている」と言えるものなのかは、ちよっと微妙だと思います。
でも、案外沢山いることは確かですよね。
>>後藤光子さんへ
ご質問いただきありがとうございます。
ここの管理人のEsamanです。随分お返事がおくれました。
ご質問の内容については、他の方々か熱心にお答になっているので、私は補足する程度にしておきました。
namaさんが既に指摘していますが、質問をする事自体はよいことだと思いますが、
後藤さんの書込みは「ちょっとばかしそっけないなぁ」とも感じます。
新しい話題を提供することになるので、質問をする事はいいことだと思います。
しかし、その場所や人に対して、何度も同じ質問を繰りかえす結果になる事もあるかと思いますし、
対象が誰であれ、ある程度は手を煩わせる事になるのですから、
せっかくなら、その質問をするに至った経緯とか、興味のある分野とか、
今まで調べた事などをお話し頂けると、場の話題をより豊かにする事につながると思うので、
そういう感じで質問をした方が、いいんしゃないかなと思います。
このHPを運営していて、卒論のネタにしているとか、色々と興味があって、
という方々に、色々と質問を頂く事がございます。
実際、急な話しであったり「それくらい自分で調べろよ」といいたくなる内容も少なくないのですが、
少々わずらわしくても、その相手との対話によって、こちらも得るものがある事もおおいんですね。
もし御覧になっていたら、よかったら、感想とかお返事を下さると幸いです。
http://www.alles.or.jp/~tariq/
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