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ポストコロニアルな状況について、諸々2

 投稿者:oripakEsaman  投稿日:2004年 6月26日(土)01時54分37秒 YahooBB218179212107.bbtec.net
返信・引用
  ガングロのミニ浴衣…それって、最近のアイヌの若者の中に時々いる
「アイヌってカッコいいかも」という軽めのノリと似ているのかもしれない。
…というのは、両方に怒られるのかもしれませんね。

>>namaさん

>「日本人である私はアイヌ文化を自国の文化とする??」のか?

この自問に決定的にかけているのは「私の文化とするのか」という問いですね。

一個人でしかないnamaさんに「○○を自国(日本国ですね?)の文化とするか否か」を決定されたら、
日本人も、日本に取り込まれる側も、等しく迷惑だと思います。

まえにも書きましたが「アイヌは○○○」「日本人は○○○」「みんな○○○」という、
責任の帰属の所在が曖昧な言葉を発する場合、
人間は極めて無神経かつ差別的で暴力的になるので、
一切しない方が良いのではないか、と思っています。

>「アイヌ文化は俺たちの文化」とか言ってるようでキモかった

たしかに、そういう事をいっている人達はキモい場合が多いですね。
何故かと言うと、多くの場合、その人達にとっての「アイヌ文化」とは
「自分達の願望をかなえてくる、気持ちのいい、都合の良いもの」だからである事も、少なくないからです。
これは「沖縄大好き」な人達にも、結構みられることのように思います。

でも「アイヌ文化は日本の文化」という、責任の所在がよくわからない事を言っているよりは、「俺達の物」のほうが、まだ具体性がありますね(それが、よいかどうかは判りませんが)。


>>川魚さん

>近隣の民族、として、友達自慢みたいにするのはええでしょうが。

これ、一歩間違うと「植民地自慢」になっちゃうんですよね。
お友達とか、友愛とかいいつつも、実際には、ただの支配民族自慢ってのは、よくあった話しゃないですか。
昔の日本人も、台湾とかフィリピンを「アジアの友邦」とかいってませんでしたかね?
文化や民俗を紹介したりも、してましたよね。

昨年は、かの人類館事件から100年目でしたが、あの展示の持つ問題性は、現代においても払拭できていないような気が致します。

http://www.kina-hananokai.jp/

 

ポストコロニアルな状況について、諸々

 投稿者:oripakEsaman  投稿日:2004年 6月26日(土)01時50分21秒 YahooBB218179212107.bbtec.net
返信・引用
  なんか、今回はみなさんのほうが鋭くよい議論を展開していますね。
頭が下がります。

>>八郎さん

「アイヌ文化を日本国の領土内に存在する文化であると認める」なら○、
「「アイヌ文化」が「日本文化(和人文化、又は多数派日本人文化)」の一部と考える」なら×。

全く同意見です。
あと、アイヌと和人の抱える歴史的経緯について、詳しい解説をありがとうございました。
説明するのが上手いですね!

「ガイジンがユカタを着たがる」のと、アイヌの文化(あるいは沖縄)にあこがれる人達の嗜好は、案外似ているのかもしれないな、と思いました。
これは、だから良い、といっているのではなくて、相手の文化の中に、エキゾチックな憧れを感じている、という意味で、似ているかもしれない、という事です。

(比較→蝶々婦人とか、ジャポニズムとか。左翼の方相手なら、オリエンタリスムという言葉で説明可能でしょうか)
(オリエンタリスムを起因とする欲求ならば、ガングロのミニ浴衣のほうが100倍マシだと思う私は偏向しているでしょうか?)

ただし「ガイジンが浴衣」と「日本人がアイヌ服」とでは、当人の「立場性」に巨大な違いがありますね。

「ガイジン」は、日本を植民地化していないかもしませんが(してるかも?)、
「日本人」は、アイヌの国を植民地として支配して、併合して内国化しちゃってますからね。

この違いは無視できないと思いますよ。

朝鮮人(在日・半島の人問わず)相手に、
「あなた達の文化はは日本文化の一部」とか「朝鮮人は弥生人だから日本人の先祖」
という人は、殆どいないのに、

アイヌ(北海道は成功してしまった朝鮮半島のようなもの)相手には、
「あなた達の文化はは日本文化の一部、日本人はみんなアイヌ」とか「アイヌ人は縄文人だから日本人の先祖」
とか、言いたい放題言われるのは、何故なんでしょうね。

もっとも「縄文をキーワードに、対等に交流し連帯しよう」という呼びかけには、あまり悪い気はしないのですいが、先祖扱いというのは、対等とはあまり感じないのですが。


>>セクトNo7@マタンブシマン さん

マタンブシ、カッコよいからする、大いに結構だと思います。
マタンブシは、なかなかよく出来た、伝統的で、美しい自慢の作品の一つなのですから、もっと使って頂かないと困ります。
売れなくなるじゃないですか(笑)。

ただし、アイヌがアイヌとして生きる上では「カッコよい」だけでは済まない場面や分野も、多多ございます。
そういう場面では、学者やら研究者やらなどの「影響力のある人々」には、
「お互いの立場の持つ政治性、歴史的経緯を理解」した上で「アイヌに花を持たす」事を意識してほしいものだと思っています。

これは、なにも和人の学者や研究者や活動家だけではなくて、アイヌの活動の現場にいる人達にもいいたいことなんですけどね。
便利だから、詳しいから、他にいないからというだけで、和人の方々に大きな顔をさせるのは、和人の人達にとっても、いけないと思います。

まぁ、私か話題にしている分野の「文化の帰属の問題」のようなものは、
「アイヌの世界に『入りこんで』きている人々」についてのものであって、
セクトNo7さんや、さんのような、一般の和人の方が、普通に手に入るものを使う分には、
なんの問題も発生しないと思うので、あまり気にする事ではないと思いますけど。

http://www.geocities.jp/saluton_nagoya/

 

日本人がアイヌ文化を自国の文化とすることについて。

 投稿者:oripakEsaman  投稿日:2004年 6月26日(土)01時42分25秒 YahooBB218179212107.bbtec.net
返信・引用
  >>ひろふみ さん

ご質問ありがとうございます。
ここの管理人のEsamanです。
しばらく多忙の為、なかなかレスが出来ずに申しわけありません(知人の応援の為、7月の頭まで動けません)。
ですが、ここの常連の方々が、だいたいの事はお答えになっていると思うので、私がいなくても大丈夫なようにも思います

>日本人がアイヌ文化を自国の文化とすることはいけないですか?

とのことですが、質問の意図が、イマイチよくわかりませんでした。
まずは、ひろふみさんは、とのような経緯で、この質問をしようと思われたのかについて、お聞きしたいと思います。

一つの可能性として、言葉を拡大解釈して
「日本人が、多数決によって、アイヌ民族の意向も聞かずに、アイヌの文化の都合のいいところだけを、(私の生活の文化ではなく)日本の国の文化として取りこんでしまう」という事だとしたら、それはとんでもないことだぞ、とも思います。



最近、知里幸恵という、若くしてなくなったアイヌのことが持てはやされているのですが、
彼女の残したノート(アイヌ語と日本語で書かれている、アイヌの伝承の記録です)
を「日本の文学である」と称する動きがあるんですよね、これは、私には、かなり
「イヤな話し」に思えます。

何故かというと、知里さんの残したのは、アイヌが長い間守ってきた文学であって
明確に「日本人の文学」ではないからです。
むしろ、日本政府やすくなくはない日本人たちは、長い間アイヌの文化や言語は、
否定する動きが強かったにも関わらず、評価が高まった途端に、そまでの経緯につい
ての自分達のしてきたことは一切無視して「日本人のものだ」としてしまうのは、
なんとご都合主義な話しだろうか、と思います。

もっとも、
「差別をしていたのは、昔の和人であって、わたしではない」という事によって、
和人のやってき事から免罪されようという事をおっしゃる向きもあるかと思いますが、
それをいうならば、私が今手にしている、アイヌ語やアイヌの考え方や文化や知識や思想を、
「守り伝えてきたのは、昔のアイヌであって、わたしではない」わけですから、
今をアイヌとして生きる私は、昔のアイヌの体験していたであろう、そらの思いを、
無視するわけらはいきません。

ですが、これは、和人の方々に
「アイヌ文化を知るな・利用するな・関わるな」といっているのではありません。
むしろ、共にできるものは、ともにやっていったほうがいいだろう、と、私は、思っています。
でも、意識の上では、今まであった色々な事をちゃんと理解した上で、緊張関係を持って欲しいと思っています。

ひょっとしたら、ひろふみさんの質問の意図とは、関係のない話しをしていたかもしれませんが、いろいろとお聞かせ下さると幸いです。

http://www.wppd2004.org/index.html

 

私事ながら

 投稿者:セクトNo7@マタンブシマン  投稿日:2004年 6月23日(水)13時36分58秒 ntiwte008156.iwte.nt.adsl.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  横レス失礼します。

どうも八郎さんの言うとおり、ひろふみさんの真意がどこにあったのか説明がないと議論がまとまりませんね。ここは、波紋を広げた説明責任と思いますので、再度の登場をお願いします。

さて、私昔ニブタニで買ったマタンブシを巻いてマージャンをしていますが、これって外人の浴衣感覚と大差ございません。別にアイヌ文化を自分の物としたつもりもないです。(昔はアイヌ文化への侵略行為だ!と言われたものですが)ようは目立ってカッコよいから巻いているのです。
ちなみに、今年はこれを巻いて鮎釣りをするつもりです。

衣装なり道具は文化の一部であり、それを真似ることは文化を取り入れたことにはならないと思います。
>「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」ことと「ガイジンがユカタを着たがる」こととは全然違う
という八郎さんの意見には同感です。
アイヌ文化はアイヌの人達に根ざしたものであるでしょう。仮に日本人(日本国)がアイヌ文化を紹介するにしても、紹介と同等の侵略の歴史と贖罪を語らない限り許されるものではないと思います。

とりとめがない投稿ですが、言葉尻を捕らえるのは止めましょうね。(^o^)丿


 

ガイジンがユカタを着る

 投稿者:八郎  投稿日:2004年 6月22日(火)16時36分48秒 211.128.76.26
返信・引用
  本題の前に、川魚様へ
>たしかに、もっとラディカルになるべきでした。お説ごもっともです。
>しかし、現実のわたしは、この言葉のすぐあとで、「批判」を展開しています。
>なぜ、この形式的なことばが問題になるのでしょうか。

 えーと、おっしゃるとおりです。冒頭の「ええやん」に過剰反応してしまいました。揚げ足取りで申し訳ありませんでした。

以下、本題です。

Nama様へ
>ガイジンがユカタをきるとき、
>八郎さんがおっしゃるような
>>・・・日本の文化の独自性や、自分たちの文化との違いを認
>>め、さらにそれを理解したいと思う気持ち
>っていうのは本当にあるんでしょうかね?
>そりゃあるひともいるでしょうけど、
>場合によってはむかしのガングロが
>ミニ浴衣を着てたのと同じ行動原理だったり
>しないかなとか思うんですがどうでしょう?

 同様の批判を川魚様からも受けましたので、少し補足します。前回の私
の発言は、ひろふみ様の
>日本人がアイヌ文化を自国の文化とすることはいけないですか?
との発言に対して、nama様が
>…いいんじゃないですかね?
>ファッションで民族衣装着たりするのと同じ感覚で。
>ガイジンがユカタを着たがるのと
>なんだか似ているような気がします。
と、肯定したことについて、「ガイジンがユカタを着たがる」ことと、「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」ことが「なんだか似ている」こととは思えない、と批判したものでした。その際、「ガイジンがユカタを着たがる」心理を分析してみたのですが、どうも的はずれだったようです。

 その点はお詫びするといたしまして、先の私の発言の要点はあくまでも
>「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」ことと「ガイジンがユカタを着たがる」こととは全然違う(後略)
にあることを改めて表明したいと思います。

 それにしても、「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」の真意を、ひろふみ様に説明してもらいたいな、と思うのは私だけではないと思います。4月頃に議論していた「アイヌのお祭り」に関する一連の書き込みをふまえた上での発言なのかとも思いますが、「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」は、字面からは様々な意味にとることが出来、また、人によっては相当の嫌悪感をもよおす場合もあるのではないかと思います。
 

…いや、よくわかってるじゃんか私。

 投稿者:nama  投稿日:2004年 6月21日(月)23時07分55秒 YahooBB218179068036.bbtec.net
返信・引用
  私のスタンスで自分で言ってますねそういや。
アイヌ文化はすくなくとも私の文化ではないと。
そして私は日本人だが、はたして
「日本人である私はアイヌ文化を自国の文化とする??」のか?
いや、してもいいけど…
ひろふみさんはそうかもしれないけど…
私は違う、違わないとしてもイミわかんねー。
だから違和感を感じて気持ち悪い。
すみません、頭わるいんで書き込んでてようやくわかりました。
 

面倒くさいや、ぶっちゃけよう

 投稿者:nama  投稿日:2004年 6月21日(月)22時59分2秒 YahooBB218179068036.bbtec.net
返信・引用
  ひろふみさんの書き込みを見た第一印象は
アイヌLOVE!な日本人が
「アイヌ文化は俺たちの文化」とか言ってるようでキモかった

なぜ↑こんな印象をうけたのか自分でもよくわかりませんが
 

私のスタンス

 投稿者:nama  投稿日:2004年 6月21日(月)22時50分30秒 YahooBB218179068036.bbtec.net
返信・引用
  まず「自国の文化とする」っていう
表現自体がわからないんです。
正直な話、したけりゃすりゃいいんじゃ
ないですか?とも思うんです。
(大英博物館がその展示品を自国の誇りだと
言ってのけるのと同じノリかもしれませんが)
はっきり言ってアイヌ文化は
私にとっては他者の文化です。
それこそ私からすれば博多弁だって
関西弁だってよそものの言語なのであって、
自国の文化だといわれればそれは自国の文化だと
思えてもこれらは私にとっては
(あくまでいうなれば、ですが)
「ガイジン文化」なわけですよ。
…この考え方っておかしいですか?
あまりまじめじゃないのは自覚していますけれども。

話はかわりますけど
ガイジンがユカタをきるとき、
八郎さんがおっしゃるような
>・・・日本の文化の独自性や、自分たちの文化との違いを認
>め、さらにそれを理解したいと思う気持ち
っていうのは本当にあるんでしょうかね?
そりゃあるひともいるでしょうけど、
場合によってはむかしのガングロが
ミニ浴衣を着てたのと同じ行動原理だったり
しないかなとか思うんですがどうでしょう?
 

八郎さん>

 投稿者:川魚  投稿日:2004年 6月21日(月)20時23分2秒 tp-s2-c233-3.router.hinet.net
返信・引用
  >>川魚様
>>ええやん、、と思いますが、
>仮にも「左翼」を標榜するのなら、もう少しラディカルであるべきかと思います。
>よけいなお世話なんですけれども。

たしかに、もっとラディカルになるべきでした。お説ごもっともです。
しかし、現実のわたしは、この言葉のすぐあとで、「批判」を展開しています。
なぜ、この形式的なことばが問題になるのでしょうか。

また、以下、「ラディカルでないかもしれない」論を書きますので、よければまたご批判ください。

>「ガイジンがユカタを着たがる」のは日本の文化の独自性や、自分たちの文化との違いを認め、
>さらにそれを理解したいと思う気持ちがあるからでしょう。ファッションとして着る場合でも、
>「ユカタ」の独自性や自分たちの衣服との違いに価値を見いだしているからでしょう。
>そのことと「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」ことが「なんだか似ている」とは私には思えません。

これは、ひろふみさんや、namaさんの書き込みを斟酌すれば、
1.「外人」も、「日本人」の文化を、無責任におもしろがっている面が「まだ」あること、
さらに、最近の傾向として、
2.このごろは「和人」も、「アイヌ文化」に、他者としての価値を見いだしてきている、
という背景があるのではないでしょうか。

段々と、この二つの態度は、接近しつつあるように感じます。
もっとも、当のアイヌの方々がどう感じてるかは、わたしにはわからないのですが。
*何年かまえからの、二風谷などでのアイヌ運動とかを通じての感想です。
 

日本人がアイヌ文化を自国の文化とすること

 投稿者:八郎  投稿日:2004年 6月21日(月)14時35分7秒 211.128.76.26
返信・引用
  ひろふみ様
>日本人がアイヌ文化を自国の文化とすることはいけないですか?

 「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」の意味が、「アイヌ文化を日本国の領土内に存在する文化であると認める」という意味であれば、「いけない」ことは全くありません。ただし、「「アイヌ文化」が「日本文化(和人文化、又は多数派日本人文化)」の一部と考える」という意味であれば、「いけない」のではないかと思います。

 少なくとも、江戸時代以来、明治から昭和初期までの為政者は、「アイヌ人」を「日本人」とは異なる人間集団として扱い、その政策を決定してきたという経緯があります。松前藩は蝦夷地と和人地、蝦夷と和人を明確に区分することによってその存在基盤を確立してきましたし、明治政府は「日本人(和人)」と「アイヌ人(旧土人)」を制度として明確に区別してきました。松前藩時代においては「日本人」と「アイヌ人」を区別することによって、「蝦夷人」と「和人」を区別し、両者を分断してきましたし、明治以降は「日本人」と「アイヌ人」の文化的、民族的な違いを自明のこととし、様々な政策を施行してきました。その政策によって様々な問題(社会的な蔑視や経済的不利益)が生じ、これらの問題の多くが、現在まで未解決のまま残されていることはご存じの通りです。特に「アイヌ人」を「日本人」化しようとする同化政策によって、日本政府による「アイヌ文化」の組織的な破壊があったことを忘れるわけにはいかないでしょう。このような歴史的経緯を無視して、「「アイヌ文化」が「日本文化(和人文化、又は多数派日本人文化)」の一部と考える」のは仁義に反するのではないか、と私は考えています。 

 ところで、ひろふみ様のいう「日本人がアイヌ文化を自国の文化とすること」の意味が私には今ひとつ理解できていないような気がするので、お手数ですが、上記の意味をもう少し具体的に書いて頂ければ、と思います。

nama様
>…いいんじゃないですかね?
>ファッションで民族衣装着たりするのと同じ感覚で。
>ガイジンがユカタを着たがるのと
>なんだか似ているような気がします。

 「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」ことと「ガイジンがユカタを着たがる」こととは全然違うのではないかと思うのですが・・・。

 「ガイジンがユカタを着たがる」のは日本の文化の独自性や、自分たちの文化との違いを認め、さらにそれを理解したいと思う気持ちがあるからでしょう。ファッションとして着る場合でも、「ユカタ」の独自性や自分たちの衣服との違いに価値を見いだしているからでしょう。そのことと「日本人がアイヌ文化を自国の文化とする」ことが「なんだか似ている」とは私には思えません。

川魚様
>ええやん、、と思いますが、

 仮にも「左翼」を標榜するのなら、もう少しラディカルであるべきかと思います。よけいなお世話なんですけれども。

>やはり、侵略しておいて、勝手にその財産だけを、「うちのもの」とするのはできないのでは?

 賛成です。
 

わたしも、

 投稿者:川魚  投稿日:2004年 6月21日(月)05時07分15秒 211-72-233-3.HINET-IP.hinet.net
返信・引用
  ええやん、、と思いますが、
なんか発想が変です。

アイヌ民族を、日本「国」に取り入れて、なにかええことがあるのでしょうか?
日本国を、アイヌと和人(と朝鮮人と琉球人)の共同統治の国、とするなら別ですが。

やはり、侵略しておいて、勝手にその財産だけを、「うちのもの」とするのはできないのでは?
近隣の民族、として、友達自慢みたいにするのはええでしょうが。
 

いいんじゃない?

 投稿者:nama  投稿日:2004年 6月20日(日)21時55分41秒 YahooBB218179068036.bbtec.net
返信・引用
  …いいんじゃないですかね?
ファッションで民族衣装着たりするのと同じ感覚で。
ガイジンがユカタを着たがるのと
なんだか似ているような気がします。
 

(無題)

 投稿者:ひろふみ  投稿日:2004年 6月20日(日)21時32分13秒 ntoska103077.oska.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp
返信・引用
  日本人がアイヌ文化を自国の文化とすることはいけないですか?
 

マッキンでアイヌ語!

 投稿者:川魚  投稿日:2004年 6月18日(金)00時30分26秒 tp-s2-c233-19.router.hinet.net
返信・引用
  ちょっち旧聞で、知ってはったらお耳汚しです〜。

いま、Macintosh雑誌、「MacFan7月号」の、65ページ読んでたら、以下のような記事が。
もう出てるんですが、「マッキンOSXv10.3ばんさー」では、ことえり=マッキンのIMEで
「アイヌ語が入力できる」そうです。

これって、アイヌ語の辞書が入ってる、いうことでしょう?
そのアイヌ語表記が、カタカナなんか、ローマ字なんかまではわかりませんでしたけど。

わたしのOSは、Xv10.2じゃがーなんでつが、これ以降、大坂弁がうてるようになって、重宝してます。
それまでは、「東京に負けたらあかん」「根性で勝つ」という戦略で、自力で辞書登録してましたからねw
あたらしい大坂弁辞書、「来はる」いうような敬語がうてない、という欠点もありますが、まあ最初やしね。

アイヌ人の方々も、これでちょっとは便利になったらええですね。
アイヌ語教室なんかでは、使われてるんかな?
 

ありゃ(・∀・)

 投稿者:川魚  投稿日:2004年 6月14日(月)02時20分9秒 tp-s2-c233-3.router.hinet.net
返信・引用
  ようみたら、下のURL、元ネタ、エサマンさんか(笑。  

よういく左翼系サイトに、こんなんありました。

 投稿者:川魚  投稿日:2004年 6月13日(日)23時05分46秒 tp-s2-c233-3.router.hinet.net
返信・引用
  「北方領土の日」反対!自決権・先住権にもとづくアイヌ民族の権利回復を!全国集会 投稿者:徳が低くて卑しい黒目  投稿日: 6月13日(日)19時47分18秒 


◎アイヌ民族を無視した日本・ロシア交渉に反対する!
北方諸島の日本への再併合反対! アイヌ民族、北方諸民族の自決権、先住権支持!
>>>
という見解を支持します。
その土地に住んでいた人々を考えないところで、その土地の国家的帰属の「正しさ」を云々する事に果たして意味がありましょうか?


http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/8242/pirika/gogo-nothandominon2002.html
 

高塚ボッケ

 投稿者:さとう@イバラキ  投稿日:2004年 6月12日(土)20時05分12秒 61.115.207.130
返信・引用
  oripakEsamanさん、返答有り難うございます。
実際に高塚ボッケ、高塚高原を歩き回ってきました。地元では「ポッケ」より「ボッケ」が使われているようでした。
…なるほど、水の湧いている所という意味であれば合っているような気がします。高塚ボッケと呼ばれている頂の近くに沢の源流があり湿地状で水芭蕉などが生えていました。また「石ぽっけ山」というのが高塚ボッケの奥にありました。こちらにも近くに湿地がありました。
立ち寄った土産屋の地元のおばあさんが「昔はもっと湿地があちこちにあったようだよ」と話していましたので、ふんだんに水が湧いていたのかもしれません。後に住んだ人々がその意味を正確に知らずに「ボッケ」とは山の頂きのことだと勘違いしたのかも。
高塚ボッケと黒ボッケの間の高地に平伏沼(ヘブスヌマ)というモリアオガエルで知られる沼があります。この名前の語源も?マークです。他にも川内村には鬼太郎山(キタロウでなく、オニタロウヤマ)や、カタカナ地名「字ドロブ(モンゴル語系?)」などがありました。
 

アイヌ語っぽいですよね

 投稿者:oripakEsaman  投稿日:2004年 6月10日(木)02時26分4秒 YahooBB218179212005.bbtec.net
返信・引用
  >>さとう@イバラキさん

面白い話題の投稿、ありがとうございます。
なかなか興味深いですね。

>「高塚ポッケ」と「黒佛木(くろボッケ)」

うーん。
アイヌ語っぽいですね。

ポッケというのは、ポッポッと煮立っている様とか、水が湧き出ている様を言うんですよね、確か。
そういう地名があるのは、温泉とか清水が沸いているところじゃないですかねぇ。

プルプルケでも、湧き水の出ているところ、ですが…
ペルペルケだと、ペリペリに破れている、という意味ですね…

うーん。
煮え立っていなくてもいいので、池とか、沢とかがないですか?
そういえば、京都近郊にも、ポッケという知名があって、それは、そこに強制連行されてきたアイヌがつけたんだ、という話を何処かで聞いたような…
(検非違使は蝦夷から抜擢されていた、なんて話しもあるので、あなだち本当かも)
まぁ、福島あたりでは、連行ではなくて住んでいた、という方がありそうですが。

ペラペラ岩というのも気になりますね。

>田村麻呂の鬼退治伝説

ということは、エミシが侵略されたのかもしれませんね。
東北のエミシは、イコールで全てがアイヌだとは思いませんが、
かなりの確立でアイヌも混じっていた、あるいはアイヌにとても近かった人達だと思います。
(古代の東北は他民族国家だった、という話しもありますね)

ペラペラ石の名前の由来(下記リンクより)
「むかし、このあたりで馬の放牧が盛んに行われた頃、人々は馬を見る為に石にのぼり、石の真中のくぼみで火を焚いて煮焚きをしては、みんなでペラペラ喋ったり、歌を歌ったりしたとか。以来、この石をペラペラ石というようになったのだそうです。」
http://www.kawauchimura.com/event/doudan.htm 
上の話し、にわかには信じがたい名前の由来ですねぇ…

ペラペラ石写真…かなり立派な岩ですね。弁当持って登ってみたい。
http://www.db.fks.ed.jp/pic/10087.001/images/10087.001.00026.jpg
http://www.db.fks.ed.jp/pic/10087.001/images/10087.001.00025.jpg

周辺の地図?
http://www.kawauchimura.com/map/map2.swf

高塚ポッケ…このページによると山頂みたいですね。山頂に涌き水はないかぁ?
http://www12.plala.or.jp/mikenikoban/data/kawauti.html

高塚山(下記リンクより)
TEL 0240-38-2112 FAX 0240-38-2116(川内村役場)
県立公園、福島緑の百選にも指定されている高塚山。ドウダン、アセビ、ツツジなどの花々がいっせいに咲きそろう山開きから、錦絵のような紅葉の季節まで、伸びやかな阿武隈の大自然を満喫できます。キャンプ場のある登山道入り口から頂上までは約20分、なだらかな山頂には「ペラペラ石」など多くの巨石があり、ここから眺める360度の山並みは見事です。入山期間は6月第2日曜日〜11月30日です
http://www.f.do-fukushima.or.jp/shoukoukai/shiyou/s087/087_a.htm
そろそろ入山できるシーズンなんですね。

http://www.alles.or.jp/~tariq/

 

アイヌ語の話者の数について。

 投稿者:oripakEsaman  投稿日:2004年 6月10日(木)01時47分0秒 YahooBB218179212005.bbtec.net
返信・引用
  >>八郎さん

八郎さんの推測は、かなり実態に近い物と思います。
あと、この件については、マトモな調査データが一つもないので、誰であれ「推測」しかできない問題であると思います。

●(1)アイヌ語を母語として使いこなせる人は、限りなく零に近い

については、もうちょっと多い気がします。
20人くらいは、いるんじゃないですかねぇ?

私も、昔はゼロに近いと思っていたのですが、実際にご老身同志が普通に話しているのを目の当たりにすると、もっと多いような気がするんですよ。
あと、聞けば分かる、とさている人の中にも、リハビリすればペラペラ、という人かいると思うんですよね。
例えば「母語として自由に使いこなせる」言語であっても、長い間使っていないと、すぐには話せなくなってしまうものですから、そうなっているだけではないか?
とも思います。

「アイヌ語が消滅する」といわれつづけている原因は、アイヌを「滅び行くもの」「未来のないもの」としてしか捕らえる事しかせず、そして、そうして危機意識を煽る事によって、手持ちの資料(話者の老人・会話や歌を記録してテープなど)の付加価値を高めようと考えいてた学者達の存在も大きいと思います。
さすがに現代の学者では、そういうアホな作戦をとる人はいないとは思いますが、昔は有効な手であったのは確かだと思いますよ。

●(2)ただし、潜在的に「話せる」人は案外多く、数百人程度いるのではないか

この部分については同意します。これから増えるでしょうしね。

●財団資料の引用文について…
「それは一般的な人間の言語習得能力として不可能に近いことであり、間違いなくその人は子供の頃にアイヌ語を母語として生活していた時期があるはずなのだが」

この部分ですが、私も何度か目撃したり聞いたりした事があります。
当人も話せないと思っている人が、人がアイヌ語の話をしているのを聞いていると思い出したり、山菜の話しとかをしたり、作業をしたりしていると、自然と言葉が出て来たりするんですよね。
聞いたら分かる人、分かるとは思っていないけど、聞いたら結局分かってしまう人、というのは、案外多いのではないかと思います。
でも、アイヌ語は話すものではない、という教育や価値観があったりして(ちょっと前はそういう価値観がケッコウありました、場合によっては今でも)、話さなくなっているので、実際には話せるのに無意識のうちに、封印してしまっている、ということもあるのかも知れません。
家の外や、人前では話さないようになっている、とか。よく聞く話しです。
アイヌ語を話せるとことを意識して隠している人もいるでしょうし。

でも「アイヌ語を母語として生活していた時期」というのは、どういう状態を指すのかなァ、と疑問に思います。
例えば、言葉を満足に話せない時期に、ただ聞いているだけでも、頭の中に記憶は残るんじゃなかったですかね?
その原理を利用した英才音楽とかありますよねぇ。
ても、個人的には、子供の頃の大切な時期を、試験に出る年号とかを刷り込むのに使うのは、ちょっとイヤラシイ行為だな、と思いますけども。

そういう素養のある人を「母語として生活していた時期があって、そのことを忘れている」と言えるものなのかは、ちよっと微妙だと思います。
でも、案外沢山いることは確かですよね。


>>後藤光子さんへ

ご質問いただきありがとうございます。
ここの管理人のEsamanです。随分お返事がおくれました。
ご質問の内容については、他の方々か熱心にお答になっているので、私は補足する程度にしておきました。

namaさんが既に指摘していますが、質問をする事自体はよいことだと思いますが、
後藤さんの書込みは「ちょっとばかしそっけないなぁ」とも感じます。

新しい話題を提供することになるので、質問をする事はいいことだと思います。
しかし、その場所や人に対して、何度も同じ質問を繰りかえす結果になる事もあるかと思いますし、
対象が誰であれ、ある程度は手を煩わせる事になるのですから、
せっかくなら、その質問をするに至った経緯とか、興味のある分野とか、
今まで調べた事などをお話し頂けると、場の話題をより豊かにする事につながると思うので、
そういう感じで質問をした方が、いいんしゃないかなと思います。

このHPを運営していて、卒論のネタにしているとか、色々と興味があって、
という方々に、色々と質問を頂く事がございます。
実際、急な話しであったり「それくらい自分で調べろよ」といいたくなる内容も少なくないのですが、
少々わずらわしくても、その相手との対話によって、こちらも得るものがある事もおおいんですね。

もし御覧になっていたら、よかったら、感想とかお返事を下さると幸いです。

http://www.alles.or.jp/~tariq/

 

○○とはどうですか、と質問することについて。

 投稿者:oripakEsaman  投稿日:2004年 6月10日(木)01時41分40秒 YahooBB218179212005.bbtec.net
返信・引用
 
>>namaさんへ

書いていただいた事は、質問を受けるときに、私も常に思っている事です。
基本的に正しいと思います。
質問をする際に、どのような意図で、どういう方向性の事を聞きたいのか、
というのを明示する事は、答える相手の労力を減らすという意味でも、したほうがいいと思います。

とはいえ、ネットを使った質問を、なれていない人もいますし、
わたしは、こえういう質問の場合は、とりあえずある程度答えてから、相手の反応を見たらいいと思います。
それによって、相手との対話を引き出す事が出来たら、面白いと思っています。


>>セクトNo7さんへ

私は、セクトNo7さんに「人口について」のご質問頂いて、よかったと思います。
内容としては、何度も繰り返されてきた質問で、またかぁと思うところもあります。
でも、他の人では花との出来ない、セクトNo7さんの経験とか、考えとか、
思った事を話題として提供してくれたので、よかったと思っています。

なお、私はこの掲示板の管理をしてはいますが、あるじだとは思っていません。
私の手を煩わせない(削除しないといけないとか)のであれば、どのように、どんな話題をしても、いいと思っています。
その質問の仕方はマズイよと言うのもアリ、答えるのもアリ。
自由に使っていただくのが方針です。

興味本位で見られる事については、ケースバイケースだと思いますねぇ。

丁寧に対話のできる相手だったら、多少興味本でもいいと思いますが、
見たいところ見て、聞きたいところだけ聞いて、ハイさよなら、というのは、ちょっとヤダなぁと思います。

http://www.alles.or.jp/~tariq/

 

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