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カムイ健太物語(若岡直樹著)について
始めにこの文を書こうとした動機は、私の住む九州にも沖縄県人について顔が黒い、イカつい、骨が太くて重いから水泳が出来ない等々聞くに堪えない罵源や蔑視、差別する実態を子供の頃から見ていたことを上げておきたい。
作家・アンドレ・モロウの師アラン(哲学者)は、表現は理解されることを欲する。といったそうですが、その言葉を「カムイ健太物語」に当てはめてみました。この本を購入間もなくネットの検索を試みたところ、某地方読書新聞の批評が出てきて、その評論とは言い難いあまりに悪意に満ちた、卑劣とも思える文に行き当たり、その乱暴な稚拙感想と、文章に、『文学』に対して一片の畏敬の形跡も見いだせない、作品(作家)への誹謗中傷的な表現に終始しているのに驚き、克つ横着極まる文学理解の無知乱暴ぶりに、コレは文学を騙る文学の冒涜者以外の何物でもない。と驚きました。一口で言えば痴説。文学を知らない二者(調べたところ書いたのは似非アイヌで文化人自称の計良光則と、書かせたのは、同地方小新聞の読書欄に今も間歇的に感想文などを書いている中館寛隆)が作者を貶めようと謀ったらしく、この両者は著者の公開質問状にも応じなかったことが判明しました。この作品はフイクションながら決して民族差別を描いたモノではなく、むしろその逆で、過去のアイヌをモデルにしたどんな類の小説よりアイヌを理解した、親アイヌの作者でなければ描けない内容で作中の多くのエピソード、健太少年の磊落で健康な言動や、その教師の言葉等に主人公に対する深い愛情と暖かさ、優しさの篭もった文が添えられていて溌剌とした少年が活写されています。また計良が指摘しているアイヌ習俗の誤り云々と計良が書いてありますが、筆者がアイヌ民族に尋ねた結果は作者の描いたカムイノミの儀 (p-236)が正しいことも裏付けられました。
計良はアイヌを自称しながら、飛んだところで非アイヌ民族の馬脚を露呈していたのです。児童文学・わけても少年むき小説の多読を自負する筆者にはここ2、3年を通じて尤も質の高い読み応えの確かで、内容的にも民族・人間の本質を分かりやすく書いてあって、少年読み物としの傑作であると確信します。
感動を書を読み終わった者として 誤った文学の見方を糾す一助になればと念じてあえてこれをしたためました。
ネット検索読書新聞にの幼痴で稚拙な批評に動ずることなく、異なる民族の独自な環境に育った、、純粋で凛凛しい少年健太像の心身のたくましさに、少年や父兄は勿論のこと、教育関係等々各界の多くの日本人が、是非本書を一読され、心で触れられることをお薦めしたい。
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